*6/13 追記アリ。ずずいっと下へスクロールだイエー!記憶が確かなら、前夜11日はGが大勝したんですベイに。
だから嬉しくて、ちょこっとだけビールを飲みました。
しばらくお酒の類を口にしていない時期だったので
ほんの少しでも、かーなりいい気分だったと思われます。
そしてベッドに入り、ん?・・とか思いつつ寝入ったんではないかと。
コトが起こったのは午前3時・・たぶんジャスト。
ものすごくお腹が痛くなって、重い身体を揺すりながら
トイレに駆け込みました。
コレは・・・下痢?ただの下痢?それとも・・・
・・・・・・わっかんねーよ!!ていっ!(ノ-_-)ノ・・・~~┻━┻
さて、突然ですが問題です。コレは何でしょう?

本日の千葉は、朝から雨でございました。わー梅雨っぽーい。
しかしながら、今日は雨の中11時から行動を開始して
既にヘロヘロなキクチです、こんばんは。
で、前述のメモ・・っつか走り書き。
先日、ちょこっと片付けをしていたら出てきた3冊のノートの中に
挟んであったものです。
答え:「陣痛の間隔メモ」
いやーもーこの乱れっぷりは尋常じゃないですね。
っつか、尋常じゃない痛みですからしょーがないんです。
そんなわけで。
人生最大の痛みと闘った12年前の1996年6月12日。
それまで、自分のため
だけに生きてきた私が
自分以外の人のために生きなければならなくなった日です・・・
・・・・・・訂正。
この後、
数年間だけ続く、自己犠牲の日々始まりの日。わお。
息子が生まれる予定の日は6月13日でした。
でもヤツはお腹の中で、いーい感じに育っていたらしく
5月のGW明けの検診で、産婦人科の先生に
「もう、いつ出てきても大丈夫だよ」と太鼓判を押されてたんですよ。
でも、その後一ヶ月、更にデカくなっても出てきやしねー。
よほど、居心地が良かったんであろうの腹ん中。
だけど、いい加減飽きたのか腹ん中も(B型)
一日早く、行動に出てきたぜ(文字通り)べイべー。
その頃も我家は、夫婦の寝室が一階と二階という
まー細かいことは気にすんなって状態だったので
わざわざ二階で寝てるダンナを起こすのもめんどくさい・・・っつか
痛くてそれどころじゃなかったわけです。
実際の問題として、そこにダンナがいたとしても
この痛みが和らぐはずがない・・・と判断し
ベッドとトイレを往復しつつ、迫り来る恐怖に一人で耐えていました。
恐怖って・・・いや、恐怖でしょう。
「ココで出ちゃったらどーしよう」とかね。
「マジで生まれんのかよ!と思った」と
後の日記に記してあります。や、冗談では無いのだキクチよ。
6時過ぎ、ダンナが「行って来るね」とドアを開けたとき
そこにはアブラ汗を浮かべつつ転げまわってる妻がいました。
「ど、どうしたの?!」←ホントに言った。
どうしたのってアンタ!
アタシ妊婦!出産予定日明日!でも腹痛い!しかも尋常じゃねえ!
・・・昨日、食べたものも忘れるくらいなのに
12年前の出来事を克明に覚えてるってすごいよね。
8時過ぎに病院に到着して内診したとき
「4センチ開いてますねー」って言われました。
4センチ・・・4センチって・・・ひー。それなのに!
「6センチ開いたら分娩台に行きますからねー」ってオイ。
なんつーの?お腹ん中で「生き物」が暴れてんの。
「もー飽きた!狭いし出る!っつーか出せ!」みたいな。
じゃースルっと出りゃあいいのに、これがまた・・・出ねえ。
10時半に分娩台に上がって、苦闘2時間。
途中、意識がふっとなくなりかけると、看護師さんにビンタされてさ。
イキむのがヘタで、なかなか出てこないんで
「もーヤダ・・・お腹切って・・・」ってナキゴト数回・・そのたびに
「アナタも苦しいだろうけど、赤ちゃんはもっと苦しいのよ!」と
怒鳴られること数回。なんつーヘタレっぷり。
0時23分・・・やっと出てきて対面したときは
感動とか感涙とか喜び爆発!!・・ではなく
「お互い頑張ったね〜・・お疲れ〜〜!」でした。
でも、良く見ると顔が傷だらけで・・・ローラ?(違います擦過傷です)
要は「出たり入ったり(どこをっ!)してた」から、こすれたわけだ。
・・・生まれながらに傷ついてる息子。
・・・これからの人生を暗示するかのようですよ。可哀想に。
母が、後産でもっかい絶叫してる間にキレイに洗ってもらった息子。
それは、3535グラム、51.5センチの・・・ダンナでした。
あまりにそっくりで、ダンナ生んじゃったのかと思ったYO!!
そんで、その週にそこの病院で生まれたどの子よりも
デカかったらしいです・・・みんな2500くらいなのね。
赤ちゃんの1キロって、すごい差です。一回り違う。
・・・どーやって入ってたんだ腹ん中に。折り畳んでた?
・・・さぞかし狭かったであろうの。
だけどね、初産で陣痛開始から10時間弱
分娩台上がって2時間で出産は早い方だって言われました。
でも、助産婦さんに
「安産体操を真面目にやってたらあと1時間は早かったわよ!」と
後でお叱りを受けました・・・怒られてばっかだぜ。ひー。
まーそんなこんなで12年。
幸運なことに、おっきい怪我も病気も無く12年。
本日、息子12歳になりました。
よくぞ五体満足でココまで・・・母ホロリだえー。
毎年、近くに住む義父母を呼んでお祝いするんですよ。
5月末の義父お誕生日+息子の誕生日+父の日・・・
全部まとめてお祝いだぜイエー!!(まとめ過ぎ)
朝っぱらさー・・・一生懸命掃除してさー・・・
(床にとっ散らかってるものを見えない所に押し込んだ・・とも言う)
朝っぱら酒屋さん行ってさー・・・大吟醸一升瓶買ってさー・・
(結構恥ずかしいよね朝イチで買う一升瓶)
実は今日は、キクチのおばあちゃんの86回目の誕生日でもあるんで
一升瓶を抱えたその足でお花屋さん行って、花かご作ってもらい
お昼頃、施設から外出許可を取ってランチしてきました。
うん、まだまだ生きる予感満載だばーちゃん。
その後、大量に買物をしてケーキを買おうとしたところでケータイが。
「薫子さんごめんなさいねー今日はお父さんが出かけるのよ」
義母からでした。
義父、仕事関係のパーティーで夜、外出。
お食事会は明日に延期。わーめんどくせー。
こんなふうに、すっかりやる気を失くしてしまった夕方。
塾から帰ってきた息子と、ウダウダな母の会話。
「今日さー、おじいちゃん用事があるから来られないんだって
だからお誕生会は明日ね」
「・・・・・・そっかー・・わかった」
「つきましては、今日の献立は明日に繰越したいんだよ・・ケーキも」
「・・・・・・うんわかった、いいよ」
Σ(゚Д゚ノ)ノ・・・何この聞き分けの良さ。さすが12歳。
オトナの階段を一段上っちゃった模様よ?
「今日、何食べる?」
「別に何でもいい」
「じゃー
ふりかけ」
「ええ〜〜〜?」
そりゃイヤだよね誕生日にふりかけゴハン。
そりゃダメだよ。いくらなんでもかわいそ過ぎる。
「わかった!じゃあ今日はピザにしても良くってよ?」(大威張り)
「わーい!やったあ!!」
ふっ・・・ピザごときで大喜び。
カラダはデカいけどまだまだコドモだな貴様(コドモです12歳です)
丸くてもいい。ヲタクでもいい。勉強できなくても運動オンチでもいい。
空気が読めないとか人の話聞かないとか自己中だとか・・・
そんなのは些細なことです(・・・そうか?結構イヤだぞ?)
少なくとも、挫折を他人のせいにしないヤツに
理不尽を世の中のせいにしないヤツに育っていただきたい。
そして
母以外の大勢の人たちから与えられるたくさんの愛情を糧に
これからも遠慮なくがんがんデカくなるがいいよ・・・
・・・・・・・・・できれば縦にな・・・横じゃなく(小声)
6/13追記
お友達の「おぶぎょうさま」から奪い取って参りました。
タイトル:『12年前のキクチさん』
by
Yaminabe/おぶぎょうさま。そっくり!(特にダンナの体型が)おぶぎょうさまありがと!m(_ _)m